06 夏の小休止を終えて
創作と子育て
先日、空の低い位置に濃い黄色の月が、くっきりと輝いていました。涼しい風が吹いてきて、深く息を吸い込むと、数ヶ月ぶりに生き返ったような気持ちがしました。暑くて長すぎる夏もようやく終わりに近づき、アトリエ時間もまた動き出しました。
子育てをしながら創作に取り組む自分にとって、「夏休み」というのは、高くそびえ立つ手強い山のような存在です。子どもたちが休みに入ると、日々のルーティンは見事に崩壊します。毎年7月半ばになると、その高い山の頂を麓から見上げ、さて、今年はどう取りつこうか…と、あれこれ考えを巡らせています。
大きく悩むのは、創作のルーティンを(最低限でも)維持するか、それとも完全に諦めるか、という選択です。最低限であれば、1日15分でよく、その時間を見つけること自体は難しくありません。問題は、その他の日々の要素が不規則になるため、頭の容量をそこに使い切ってしまうことにあります。私にとっては、限りある頭のスペースに余白があるという状態は、創作に欠かせないものです。


さて今年の夏はどうしたかというと、創作を一時休止することにしました。理由の1つは、親としての自分です。3人の子どもたちはみんな10代になり、まだ遠くにではありますが、朧げながらも子育てのゴールが見え始めました。家族として過ごす夏は実はあと数回しかありません。子どもたちの日々をできるだけ見ておくことが、私の親としてのミッションであり喜びでもあるのだというのは、最近気がついたことです。
息子が真剣に取り組むテニスの試合、大事な局面は見ておきたい。娘が話したいことがありそうならば、カフェに出かけて1対1の時間を作りたい。オリンピック男子バレーボールは家族で夢中になり、対イタリア戦ではテレビの前で大騒ぎしました。些細な日常の出来事、これらを流してしまわずに、きちんと味わうためにも、同じく頭のスペースは必要です。
海や山にも出かけることができました。自然のスケールの大きさに触れると、自分は、たまたまこの一瞬に、この地球に生きている、小さい生き物の1つなんだと実感します。頭の中の小さなあれこれが消え去り、シンプルな自分になって、しっかりとまた地に足をつけて、生きるということに取り組もうという気分がしてきます。
さて、子どもたちが学校に戻ってからしばらくたち、私自身もアトリエでの時間を取り戻しつつあります。正直、しばらく離れていると(長く離れていればいるほど)取り戻すには時間がかかります。ここ2週間ほど、少しづつ頭を戻し、やっとリズムが掴めてきました。今年に入ってから、なかなか乗ることができていなかった創作の流れに、やっとアクセスできそうな感じがあります。
秋の空気を吸い込みながら、こうして落ち着いてみると、夏の日々が自分に新たな層をもたらしてくれたことを感じます。アトリエで創作に取り組む時間はもちろん大切ですが、アトリエの外で、暮らしを生きることから得られるインスピレーションなくしては、自分の内から何かを引っ張り出すことは難しいのではないかと思います。
読んでくださりありがとうございます。
Akiko Juni
おまけ:ライティング舞台裏のひとりごと
「2ヶ国語でニュースレターを書く」という試みの水面下での試行錯誤をオープンにメモします。
いつも英語版を書いたあとは、どうも気持ちがスッキリしてしまって、なかなか日本語版を書く気になれず困っていたけど、今回は英語版を書いた直後、まだ頭が離れきっていない状態で、その心持ちを頭にためこんだまま我慢してふくらませて、書きたいという気持ちを意識的に高めた状態で、一気に書いた。今までで一番すんなりと英語版と同じ心境で書けた気がしている。



