02 さて、どこへ向かうのか
船をこしらえて漕ぎ出してみたのはいいけれど
12月にしては暖かい日が続いています。冬の日照時間の少ない北陸においては貴重な陽の光。ここぞとばかりに、洗濯、庭掃除、剪定、薪割り、と、はりきりすぎてクタクタですが、普段あまり動かないので、身体を使う作業は気持ちがいいものです。
さて。このニュースレターを立ち上げてから、はや1ヶ月。船をこしらえて漕ぎ出してみたはいいけれど、その後あれこれと余計な考えで頭が埋めつくされて、なかなか前に進めないでおりました。
「いろいろと書きたいことがあるような気がしているけれど、実際に蓋を開けてみたら何もなかった…ってことになったらどうする?」
というような心の声が、次々と聞こえてくるのです。これは今に始まったことではありません。慣れた領域から一歩外に踏み出そうとすると、「すすす」と肩に乗ってきて後ろに引っ張ろうとしてくる、自分の中からくるこの声。
これまでも、外国に引っ越したとき、できないかもしれないと思う仕事を引き受けたとき、絵を描くためのアトリエを作ると決めたときなど、ことあるごとに、この声と対峙してきました。
自分の中からくる声だけあって、弱点も知りつくされており、なかなか手強いやつなのです。「こんなことに手を出したら忙しくなりすぎてパンクするから、もう少し時間ができてからにしたら?そのほうがいいものができるよ。」などと囁かれると、真剣に迷った挙句に引き返してしまいがちです。
ですが、自分なりの対処法もあります。まずは、その声の主の気持ちを受けとめてから、丁寧に、でも譲らない姿勢で、その声にお願いするのです。
「うんうん、その不安はよくわかる。だからこそ、これを始めるまでに1年もかかってしまったわけだし。実際うまくいくかわからないけど、とりあえず試してみようと思う。やってみないとわからないからね。もし来たいなら一緒に船に乗っててもいいけど、舵を取るのは私だから。不安は口に出さずに、成り行きを静かに見守ってほしいのよ。ひとつよろしく。」と、こんな調子で話をつけて、今回は何とか漕ぎ出すことができたというわけです。
ニュースレターを始めるくらいで何を大袈裟な…と、ちっぽけな自分に正直あきれてもいますが、何しろ自分を表現するための文章というものをろくに書いたことがないので、まさに暗中模索です。
以前にどこかで「どうなるか見通しのつかないことを始める勇気」という言葉を聞いたことがあります。何かを始めるとき、あらかじめ調べることがとても簡単になった今の世の中において、いつの間にか、見通しをつけてから物事を始めるという癖がついてしまったように感じます。
予備知識を入れることで安心や近道は得られるかもしれないけれど、情報から入ると、生き物としての勘みたいなものが鈍ってしまう。むしろアートの余地はそのへんにある気がするので錆びつかせるわけにはいきません。なので、ときにはわからないまま飛び込んでみる勇気があってもいい。進みながら考えるという勘を磨きつつ、行き当たりばったりで起きるかもしれない何かに対してオープンでいたい。これは日々の創作においても同じです。


さて、始まったばかりのこの新しい試みですが、書くことで、ぼんやりとしていたものが言語化されていくスッキリ感と、思いつきで挿絵をつけたりする楽しさを発見しました。一方、肝心の絵を描く時間が減ってしまって少々困っています。これでは本末転倒です。船が沈みます。さあどうするか。きっとこのへんのバランスも次第につかんでいけるはず…と、風を読みながら進むしかありません。
読んでくださりありがとうございます。
それではまた次回。
Akiko Juni



