03 冬休みと創作のリズム
エンジンをゆるゆると動かしつづける
冬休みがやってきました。毎年、創作のリズムを維持したいと思ってこの時期に臨みますが、どうしても慌ただしさに追われてしまいます。12月は、創作の時間を確保することが1年で2番目に難しい月だと感じます(1番難しいのはもちろん夏休みです)。プレゼントや贈答品の用意に頭を悩ませたり(買い物が苦手なので)、子どもたちの先生との面談や、下の子の友達との遊びの計画などをギリギリでこなす日々。
ときどき「理想の家庭人像から程遠い自分」と感じることもあります。でも、すべてをうまくこなす必要はないし、むしろ、やることは無限にあるように感じられるからこそ、より大切なことに時間とエネルギーを注ぎたいと思います。合わない枠に自分を無理にはめ込んでいたら別人になってしまうかもしれません。バタバタとした日常でも、それが自分らしいあり方に沿っているならば、少なくとも方向は間違っていないはずです。


さて、夏休みに時を戻しますが、今年の夏はちょっとした実験でした(ここで言う夏休みは、3人の子どもたちの学校が休みになる約1ヶ月です)。親である方ならおそらくおわかりかと思いますが、夏休みが始まると、家はカオスになります。昼ごはん、海にプールに宿題と、あちこちに引っ張られ、日に日にペラペラになりゆく自分。そんな中、ひとり静かに創作に集中する時間というのは、一番遠いところにあるように思えます。雑事の沼に引き込まれ、相棒のスケッチブックですら見知らぬ存在のようになってしまう寂しさ。
物理的な時間がとれないというよりも、創作のマインドにアクセスできない苦しさがあります。心がざわついていると、奥底の静かな場所にあるものをキャッチすることができません。創作時間ゼロもつらいですが、無理に進めることもまたつらい…というジレンマの中で、今年の夏は完全に創作から離れてみることにしました。諦めれば、少なくとも時間を見つけようとする苦労をせずに済みます。
さて、その結果…。夏が終わって残ったのは、通常の夏休みの疲れに加えて、冷め切ってしまった創作のエンジン。うーん、失敗でした。これをまた温めてリズムを取り戻すのに、とても時間がかかってしまいました。しかし、この経験からはっきりとしたことがわかりました。創ることは自分にとって必須であるということ。歩くことや息をすることと同じように、創作の時間がとれないと、自分をいい感じに保つことが難しくなるということ。逆に言えば、創ることさえ続けていれば、まあまあ大丈夫。43歳にして初めて気づいた、自分の取り扱い説明書です。
なので、今年の冬休みは、自分のメンタルを保つため(それが周囲のためにもなるでしょう)、創作の時間をなんとか確保しようと決めました。普段から限られた時間しかありませんが、ハードルをさらに下げてみることにしました。まずは、アトリエの電気と暖房をつけること。そして、スケッチブックに線を引ければそれでよしとすること。これだけでも、最低ラインで緩やかに進めば、エンジンの完全停止は防げるのではないかと思っています。
いろいろ書きましたが、冬休み自体は嫌いではありません。寒さは平気だし、1年の終わりと始まりを同時に味わえるその独特な結節感が好きです。いつもの慌ただしさから解放され、たくさん眠って、ゆっくり本を読みたい。12月の疲れをとり、新しい1年に向けて心に栄養を取り込む、そんな時間にしたいと考えています。ただし、ここ数年は、そんなことを考えると心のどこかに後ろめたさを感じます。極東の島、日本では、彼方の争い事がどうしても遠くに感じられる一方で、平穏という贅沢が多くの人々にとって当たり前になることを願っています。
Akiko JUNI



